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今宿博史の 舌鋒繁栄
No.13
「問屋街」の活性化には、
“馬喰横山ブランド”の確立が必要です!

(問屋連盟通信Web版 書き下ろし原稿 - 2016.10.12[水]
問屋連盟通信 - 経営指南 - 今宿博史の舌鋒繁栄1. 馬喰横山ブランドの存在が、日本橋問屋街を支える「景色」です
「問屋街」とはどのような都市としての景色を持つものなのか、がよく理解されていないのではないでしょうか?
馬喰横山問屋街といえば、現金問屋街であって、主に衣料品(アパレル製品)を街の小規模洋品店さん(和装、洋装、テキスタイル、バッグ・アクセサリー・靴などの服飾雑貨店)が、列車や電車で「仕入」に来られるところ。決済は、現金であり、掛売りは基本ありません。最近は、店頭商品も小売価格(上代)表示の問屋さんもありますが、基本は「下代」(小売店さんの仕入価格)表示です。「素人さん、お断り」が原則です。
 問屋街としての存在は、極めて自然発生的に業者が集まり、順次発展してきたもので、誰かの指図によって形成されたものでないことは明らかです。このことは、どの地方の商店街も同様で、やはり人間の営みの知恵としてでき上がってきたものと言えるでしょう。もちろん、人類の歴史から見れば、奈良や京都のような都の所在地などには自然と人が集まってくる、また、博多や堺のように海外貿易の土地にも自然と「まち」が形成されて人が集まって来たということもあります。有名な神社・仏閣にも、参詣に訪れる人を目当てに「お土産」屋さんが自然と浅草の「仲見世」のように形成されます。「まち」はつねに自然に人が群れることで生まれるものなのです。
戦国時代、織田信長による安土の「楽市楽座」のように意図的に人を集めるべく、商売をするにも「てら銭」は取らずに、街を繁栄させることを目的とした「城下町」が人造的に形成されたケースが増えてきます。
 江戸の街も、家康入府以来、河川の氾濫を鎮めて「江戸城」という巨城を造り上げ、また庶民が安心して住める街として意図的に長い年月をかけて造成されてきたことは、皆さんがよく承知されている通りです。どの「まち」も、自然発生的であろうと地域の支配者の意図的に造られたものであろうと、必ず「へそ=核」が存在しています。

(1)日本橋問屋街の象徴となるもの、それは「ブランド」です
 日本橋問屋街は、墨田や台東区などの「ものづくり」の生産地を背景として誕生しました。昔の川向こう(両国)の「メリヤス屋」さんは、編み上げたメリヤス肌着をリヤカーに積んで横山町の問屋さんに納品させていただいたものだと懐かしそうに話されます。
 東京都下はもちろん、千葉、神奈川、埼玉を始め茨城、栃木さらには鉄道の延線と共に東北や北海道から夜行列車で、あるいは静岡や浜松辺りからも高度成長期には陸続と地域の小売店さんが仕入れに見えたのでしょう。良い商品を製造する墨田や台東・江東の生産業者さんが背景にあったことが、問屋街の隆盛に大いに与ってあまりあったのです。
 墨田や台東の名前では売れない。お客様が安心しない。馬喰横山の問屋さんのセレクトがあって、始めて商品として売れたはずです。まさに、馬喰横山問屋街の「へそ=核」は、ブランドです。

(2)「ブランド」のレベルが世界的商品と比較される時代になりました
 江戸期以来、馬喰横山問屋街は自然と地の利も良く「集散地問屋街」としての条件が備わっていたのです。それだけに日本経済の成長が一段落し、人々の生活が成熟化すると共に、同じ商品でも海外の有名ブランドを人々が求め始めるようになりますと、問屋街の地位は必然的に総体として低下を余儀されることになります。とくに、ファッションの集散地としての地位は低下していきます。
 近年は「都市としての象徴」を持たないがゆえに、地方の商店街同様に地方都市のシャッター通り化と軌を一にして来街小売店さんの減少を招くことになります。堀留町や大伝馬、小伝馬、富沢町などの百貨店、GMSなど大手小売業者を主販路としていた卸売業者の多くは、馬喰横山町より一足早く衰退に追い込まれています。昭和30〜50年代に株式の上場を果たし、一時は大企業化した和装大手やアパレルメーカーの多くは時代の流れについていけませんでした。別段、日本橋の問屋街に本社をおかなければならない理由はなかったのです。むしろ問屋街を離れることによって、多くの有力企業は、「時代の風」に乗ることで発展していったのです。

(3)馬喰横山問屋街が存在し続ける“必然”があります
幸いにして、「馬喰横山ブランド」は、残りました。
新しく馬喰横山問屋街で問屋業を営むことほど恵まれた戦略はありません。問屋業(今日は問屋業でも小売業でも可、国籍を問うこともありません)としてオープンすれば、特別の広告宣伝なくともお客様に立ち寄っていただけるのです。小売店さんは、今必要とする商品を求めて問屋街を歩いておられるわけですから、「オッ!」と思わせる商品が陳列されて居さえすれば、「アッ」という間に常連顧客になっていただけます。
日本橋問屋街としての「神通力」は十分にあります。奉仕会や問屋連盟の力を借りずとも、空き店舗を借りることができさえすれば(大家さんは、賃料さえ払ってもらえば誰でも貸してくれます)、卸売業を開業することは容易なのです。
その点、創業の古い大手企業さんはご多分に洩れず業績維持に四苦八苦です。“古き良き時代を知る”社員も多く、近年の来街者減少=業績低迷に危機を感じてしまいます。首都直下地震に備えての建物の補強や建て替えに乗じてマンション化し、廃業される大手企業さんも増えてきました。不動産業として生き残ることは、先祖の事業遺産を守ることにもつながります。経済のグローバル化で、問屋街企業の持つビジネスシステムでは海外の企業を含めて、とても対抗できるレベルではないのです。
新しいタイプのビジネスを提案すべき時が迫っています。問屋街としての魅力が「まち」ではなく、個々の企業の「商品」「人材」「情報システム」「金融資本」、そして大手から中小に至るまでの小売業態の弱体化から、自らの力で直営店舗の「展開力」を強化する必要性が増しています。
良い商品を提供すれば、そして「安ければ」が、この問屋街の代名詞となってしまいました。「安い商品」といえば、馬喰横山ブランドがイコールとなっています。「良い商品」なのに、なぜ「安さ」が付いて回るのでしょうか?不思議です。馬喰横山ブランド商品が国際的なアパレル商品の基準を目指すべき時代が来ています。


2. 問屋街としてのあるべき「商流」(ビジネスモデル)を創造する時代
21世紀に入って、ファッションビジネスの「商流」は長足の進歩を遂げています。
 合同展「Doors」を10年間、85回開催されている あるっくじゃぱん(株)の社長 増本利宏氏の『【あるじゃぱ通信:第159号】からの引用です。

【今月の元気印紹介】
◆お店編:Rei The Lace's Chamberさん
日本橋馬喰町に、6月1日にOPEN致しました。今まさに熱いエリアです。新しい高層マンションや、ホテルが増えてきて、海外観光客はもちろん、転居ファミリーも増えており、近所の小中学校のクラスが足りなくなっているとか、いないとか。
そんな一角に、ステキな若いオーナーのお店(物販や飲食など)が増えているのです。お店はこんな感じです。
http://www.alook-japan.com/rei_the_laces_chamber20160701.html

 このお店は、馬喰町で現金問屋を営む 株式会社麗さんの直営小売店です。数年前に銀座に直営店を出されたのですが、本社(馬喰町)との距離や家主さんとの関係等から退店し、本社との近くとはいいながら、同じ町内に出店されたのです。
 問屋さんが小売店を出すことを嫌う風潮がこの世界にあることは厳然たる事実ですが、最近は横山町の問屋さんを含めて直営小売店が増加する傾向にあります。問屋業にとって、自社の商品展開の実際を見せることは商品の説得力が増し、顧客となる小売店にとっても陳列方法を含めて店舗運営の実際を学ぶチャンスとなるからです。
 「作り手(製造業)-問屋(中継ぎ商)-小売店」との段階ごとに仕事を分けていくという過去の手法は、21世紀に入って完璧に否定されてきました。アパレルでの成功企業の多くは、すべて製造から小売りまでの一気通貫企業となっています。小売企業として繁栄を極めた著名百貨店や有力GMSの多くが、事業縮小に追い込まれています。大手なるがゆえの優位性は失われてしまったのです。
 馬喰横山ブランドの存在価値は増しています。事業撤退・廃業されるところはマーケットから撤退されて、その代わりに新しい事業意欲を持つ企業を育て上げる「街」にしなければなりません。小売業が全国から消えてしまうことはないのです。
インターネット販売やスマホの活用がリアルショップの存在を脅かす時代になったことも、日本橋問屋街の「新しい商流=ビジネスモデル」を創造するチャンスとなっています。
オムニチャネル化を進めた大手百貨店や有力GMSの業績不振が伝えられています。ネット販売にも、当然の限界があります。ネットとリアルショップの組み合わせで業績を回復できる時代でもありません。
馬喰横山ブランドとしての「信用力」を、より高めていく努力が求められています。
(執筆者:今宿博史 - 経営支援アドバイザー)

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